読書備忘録ーロマンチックな回覧板をまわす

これまでに読んだ本の感想をこっそりと書いていく予定 ロマンス小説多めでかなり偏りと多少のネタバレがあります

「待ちわびた愛」シェリー・トマス

 ロマンス小説と大きくくられている作品の中には、恋愛の持つ甘やかさがメインの話だけではなく、男女の機微や人生の妙味を見事に描いている作品がひっそりと紛れ込んでいることがあります。シェリー・トマスに関しては「愛を知った侯爵」の回で、『お互い非常に賢く抜け目ない上に、プライドも物凄く高い』カップルの『自分の自尊心を賭けた恋愛(戦い)』を繰り広げているさまについての感想を書きましたが。この「待ちわびた愛」という物語に出てくるのは、男女の愛の真実というより愛の現実を生きたカップルです。そして、男の残酷さを見事なまでに表現した作品といってもよいかもしれません。

待ちわびた愛 (ライムブックス)

待ちわびた愛 (ライムブックス)

 

 あらすじ

資産家令嬢のミリーは、幼いころからレディとなるべく育てられてきた。一代で財をなした父が、娘を貴族と結婚させることを望んでいたからだ。
教養豊かな女性に成長した彼女に、フィッツヒュー伯爵との縁談が決まるが、
実は彼には長年想いを寄せている女性がいて……。

 

作者のシェリー・トマスは、アメリカの大学を卒業してはいますが、実は中国人です。その影響なのか、全体の印象としてダイナミックな文章構成の中に欧米人にはない繊細さが垣間見える表現が散りばめられているように思えます。例えばヒロイン・ミリーの言動を追っていくと、ストレートにはっきりと自分の意見を表明するタイプではないことが分かりますが、同時に感受性豊かでデリケートな内面を持つ耐えるタイプの女性であることも次第に明らかになってくるのです。

しかしミリーは、ただひたすら耐えるだけの女性ではありません。与えられた境遇に弓をギリギリと限界まで引っ張っるがごとく耐えた後、その弓を的に向ってまっすぐ放つように、愛する夫に対してはっきりと自分の欲望を示します。「愛を知った侯爵」では、『「そして2人は幸せに暮らしました」だけではない玉虫色の部分をたっぷりと楽しませてもらった』と書きましたが、この本では夫婦の内実とともに、男の狡さ、女の腹のくくり方があますところなく書かれているのです。

ミリーの愛する夫・フィッツヒュー伯爵は、一見誠実なようですが実は狡い男だなと感じましたね。というより、シェリー・トマスは男の誠実さがひっくり返すと狡さと繋がっていることをミリーと読者に突きつけてきます。しかしそれでもミリーは、大きな痛みとともに愛を掴み取るのです。確かにフィッツヒュー伯爵は非常に魅力的な男性ではありますが、彼の煮え切らなさを含めて愛するミリーには尊敬の念すら感じましたね。また物語の展開そのものにある種の感銘は受けましたが、(ハッピーエンドにもかかわらず)私自身はこの大人の愛の物語に対しての憧れを感じなかったというのが本当のところでしょうか。