読書備忘録ーロマンチックな回覧板をまわす

これまでに読んだ本の感想をこっそりと書いていく予定 ロマンス小説多めでかなり偏りと多少のネタバレがあります

「聖女は罪深き夜に」エリザベス・ホイト

 エイザベス・ホイトのメイデン通りシリーズ、第1弾です。以前10作目の「心なき王が愛を知るとき」の感想を先に書いた際に、ブログに感想を書くため1作目から読み返してみようと思って戻って読んでみたのです。ざっくりとした内容しか覚えていませんでしたが、10作目にちょろっと出てきたテンペランスとケール卿がカップルとして出来あがるまでの話でした。

思ったより内容を忘れていたのですが、そういえば エイザベス・ホイトはロマンチックとセクシー(+ミステリーが少々)がほどよく混ざり合う色合いの物語を書くのが抜群に上手い作風だということを、改めて認識させられましたね。

聖女は罪深き夜に (ライムブックス)

聖女は罪深き夜に (ライムブックス)

 

 あらすじ

貧民街セントジャイルズで、弟とともに孤児院を営むテンペランス。弱い子供に手を差し伸べずにはいられない彼女だが、資金離で立ち退きを余儀なくされていた。そんなある日、銀髪に黒マントという出で立ちのケール卿が孤児院を訪れた。冷酷と悪名高い紳士だ。孤児院の救済と引き換えに、この界隈の道案内を頼みたいという。だが彼の本当の目的は、ある殺人鬼を捜しだすこと。そうとは知らず危険な捜査に同行することになってしまったテンペランスだが、なぜか彼のそばにいると安心し、普段は語ることのない苦労を打ち明けてしまう。そんなとき、捜査を阻むように街では次々と殺人事件が起こり、二人にも魔の手が迫る。

 

ヒロイン・テンペランスは、禁欲的に振るまう未亡人。しかし内側に激しい情熱(エロを多大に含む)を秘めています。ホイトはこのタイプの女性を書くのが上手いというか、そうした女性を魅力的に描写することが好きなんじゃないかと思います。「あなたという仮面の下は」でも一見しとやかに振る舞いながらも、実はエロに対してアクティブな一面を持つ未亡人(未亡人設定好きかも!)と貴族の恋を書いているのですから。

お相手のケール卿はやたらに面倒くさい性格で、これも「あなたという仮面の下は」の癇癪持ちな伯爵エドワードと一緒です。そもそもメイデン・シリーズ自体がけっこう暗い話なので、作風に従ってケール卿は一貫して辛気臭いムードを漂わせていました。しかしその分テンペランスとお互いのトラウマを開放しあう官能シーンは激しさに満ちており、ホイトがかなりエロティックな描写に力を注いでいるといっても過言ではないでしょうね。(ケール卿は、目隠しプレイや緊縛プレイ好き!他人のプレイを覗くことにも抵抗がないタイプ)

エロ描写は確かに多いのですが、エロが突出しているというよりホイトは人間が生きていくには性の官能が不可欠で、フィジカル面で相性の良い相手が人生をも豊かに彩るという主張を持っているのでは?と感じました。

それにしても揺れる馬車の中であっても気にせずアクティブに楽しむ2人は、けっこう凄いと思う。

「光と闇のはざまで」クレスリー・コール

クレスリー・コールのローア・シリーズで、「菫色の空へ」と対になっています。

菫色の空へ」は弟のカデオン編ですが、「光と闇のはざまで」は兄のライドストロム編です。ローア・シリーズでは運命の女が存在しているという設定がされているのですが、厳格で禁欲的なにーちゃんのお相手の女魔導師ザビーネは、「鏡のなかの魔女」に出てきた強力な力を持ち、ツンデレな性格の魔女マリキータと「時の扉を開いて」で活躍した凶暴なヴァルキリー・ケイドリンと、「幻の花嫁」でエロチックな魅力を存分に振りまいた元バレリーナ・ネオミを足して3で割ったような、とんでもない性格をしているのです。しかしデーモンの王であるライドストロムは、全く意のままにならない、嘘ばかりつくザビーネの性格に夢中となってしまいます。(M気質というより、お互いにSとMを交互に楽しんでいる運命の相手ならぬ運命のライバル感がある...ような気がする)

光と闇のはざまで (ソフトバンク文庫)

光と闇のはざまで (ソフトバンク文庫)

 

 あらすじ

九百年前、ロスカリナ王国の君主ライドストロムは、悪の魔道師オモートによって国を奪われた。首を落としても死なないオモートは最強の戦士であり、究極の悪の存在。そのオモートを倒せるという剣を探す途中、ライドストロムはオモートの異父きょうだいで女魔道師のサビーネにさらわれてしまう。そしてあり得ないことに、彼の本能はサビーネこそ運命の女だと告げていた…。善のヒーローと悪のヒロインが織り成すノンストップ・ラブロマンス。2010年度RITA賞受賞作。

 

 悪の魔導師オモートに自分の王国を奪われてしまい、 王国を取り戻すために全てを賭けてきたライドストロムの運命の相手は、オモートの妹である女魔導師のサビーネ。いわばロミオとジュリエット状態なのですが、ローア・シリーズのロミオとジュリエットは不死身でなおかつ対等に騙しあいをするのです。もちろんザビーネはライドストロムに強烈なセクシー攻撃を仕掛けます(ニートラップですね)。しかもザビーネは、様々なエロ・テクニック持ちの処女設定!うーん、なんかここにきてクレスリー・コールの設定描写にやる気がみなぎっているような気がしてなりません。

しかしクレスリー・コールは官能シーン描写に力を注ぐだけの作家ではなく、戦闘シーンやカップルが互いに惹かれあっていく様子を書くことにも非常に意欲的です。でも何といっても一番面白いのが、彼女の物語に出てくるヒロインは全員戦闘能力が高く黙っていうことを聞くタイプなど皆無なことでしょう。これは、同じ女性としてもけっこう気分がいいですね。確かに全員人間ではない設定ですから強いのは当たり前。でもクレスリー・コールの書くヒロインの性格の基本形は、自分の望みに対して遠慮せずにありとあらゆる方法を使って掴み取るタイプです。そしてそんなヒロインを心から愛すヒーロー。これが、ロマンス小説を読む醍醐味だ!

今回も全知全能の預言者ニクスがちらりと出てきますが、私はいつでもどこでも誰の話も全く聞かない超マイペースなニクスが、もしかしたら一番好きなのかもしれません。

「あなたという仮面の下は」エリザベス・ホイト

 引き続きエリザベス・ホイトで、しかもこの話は私のお気に入りの物語でもあります。しかし超オススメと言うには、全体的にちょっと地味というか....。とりあえず美男美女が出てくるきらきらストーリーではありません。というよりヒーロー・(ではないような気がする)伯爵エドワードは、博識&体格も堂々としている男性とはいえ、癇癪もちの毒舌家、しかも特にハンサムではない設定となっています。お相手のヒロイン・(でもないような気がする)アンナも30代の小柄で平凡な未亡人、やはり美人設定ではありません(でも口もとがセクシー)。平たく言えば、ホイトが30代の男女が次第に惹かれあう話をしっとりと描いた、というのが正解なのかもしれませんね。

あなたという仮面の下は (ライムブックス)

あなたという仮面の下は (ライムブックス)

 

 あらすじ

18世紀の英国。通りを疾走してきた馬とぶつかりそうになったアンナ。傲慢な雰囲気で謝りもせず立ち去った馬の乗り手の男性のことが、なぜか心に残った。家族とつつましく暮らしているアンナだが、倹約もそろそろ限界。生活のために伯爵エドワードの秘書の職を得るが、実は伯爵こそはあの馬上の男性。そしてアンナが女性であることは隠されていた。秘書を次々クビにする伯爵に手を焼いた家令が、困りはてた末に彼女を採用したのだ。新しい秘書が女性で、しかも数日前の事故の相手と知り、初めは憮然としたエドワードだったが、やがて彼女の凛とした生き方に惹かれてゆく。2人の絆は深まるが、身分の差を前にして、想いを打ち消さなくてはと互いに苦悶するばかり。そこでアンナが思い立った、ある手立ては…。

 

おそらくテーマとしては、愛によって身分の差を乗り越える男女であり、これはロマンス小説を読んでいると、たいへん多く遭遇するテーマでもあります。リサ・クレイパスならここぞとばかり、怒涛の勢いでロマンチック旋風を巻き起こし、何年かかろうとも真実の愛によって身分の差を乗り越える男女を描きますが(「ひそやかな初夏の夜の」が2年、「もう一度あなたを」はなんと12年!)、どうやらホイトはこの身分差乗り越え問題に関しては、肉体的な相性とあっと驚く行動力で乗り越えるのが好きなようですね。

あらすじに書いてあるアンナが思い立った、ある手立て関してですが、まんまネタバレになってしまうのでここでは書かないことにします。しかし、なかなかに身体を張ったセクシー戦法であることだけは確かと言えるでしょうね。実際はリサ・クレイパスの方が現実に即しているのですが、ホイトの本に出てくる登場人物たちのエロに対するアクティブで前向きな姿勢を含んだびっくりするような行動力には、毎回感銘を受けてしまいます。(なぜか三浦しをんの「格闘するものに○(まる)」というタイトルを思い出して仕方がない)。

この本はホイトのデビュー作だそうですが、初めからまばゆさには程遠い、セクシー展開の大人が鑑賞に耐えうる話を書いていたんだなぁと、感心してしまいました。

「心なき王が愛を知るとき」エリザベス・ホイト

海外のロマンス小説を愛読する私ですが、単発よりもシリーズものを好んで読む傾向を持っているので、このメイデン・シリーズも当然1作目から読破しています。しかし実はこれ、シリーズものの10作目なのです。

エリザベス・ホイトは、暗い面を持つ人物、特にダーク・ヒーローを書く技術に長けているのではないかと思っています。ロマンス小説では、よく美形の悪役が出てくるのですが、なんのかんのいいつつヒロインの愛で改心するのがお約束となっています。でもそのテンプレに対して、いかに説得力を持たせるかが作家の力量だと言えるでしょう。私はホイトが人間の暗黒面の陰影を鏡のように写し出し、まるでモノクロの写真のように不思議な美しさで描写してみせることができる作家ではないかと感じているのです。やはりロマンス小説というものは、物語の美しさで読者を酔わせてナンボと言いたくなりますからね。

それにしても、最初のベッドシーンではなく、何度目かの際のヒーローとヒロインの睦言がセクシーかつ情緒的なのはさすがでした。

心なき王が愛を知るとき (ライムブックス)

心なき王が愛を知るとき (ライムブックス)

 

 あらすじ

モンゴメリー公爵バレンタインはギリシャ彫刻のように美しいが、放蕩者で邪悪な人物だと噂されている。ハウスキーパーのブリジットがバレンタインに仕えることになったのは、彼が屋敷に隠している秘密の品々を見つけて運び出すという使命を負わされたためだった。その品をもとに、上流階級の人々がおどされていると聞いている。ある日、室内を探っているところをモンゴメリー公爵に見つかってしまったブリジット。しかし、使用人とは思えない気品と知性のある彼女に興味を抱いた公爵は、処分を言い渡すことはなかった。いつしか二人は、会話を交わすことを楽しみにするようになる。そして互いの生い立ちの複雑さを知って、心の傷を癒やすかのように惹かれ合うのだが…大人の愛を描いて大人気の“メイデン通り”シリーズ第10弾。

 

 

いきなり10作目の感想を書いているのは、想像していたよりも話が面白かったからですね。このメイデン・シリーズに関しては、実のところ私の好みにドンピシャではなかったため、新刊が出ていることを知りつつも、ちょっと放っておいたのです。油断した!

ただしエリザベス・ホイトは文章の構成が上手い作家で、時々驚くほど文章の運びが私の感性にピタリとくる一冊があるのも事実です(でも何冊かに1冊)。この本はピタリときたというより、ホイトのダーク・ヒーロー描写の巧みさに酔わせてもらったと書く方が当たっているかもしれません。しかもヒロイン・ブリジットはガチの使用人というところも私のツボ

ロマンス小説では、ヒーローやヒロインの身の上に説得力を持たせるために、時々非摘出子*1設定がなされるのですが、私はどうやら意志の強いお姫様よりも、意志が強くて生活力のある職業婦人萌えがあるみたいで、今回はその萌えツボを押されまくったということになりますね。

ジェイン・アン・クレンツがなぜかヒストリカルでも現代モノでも職業婦人ばかり書くので、私としては比較的当たりが多いのですが、陰影の厚みにかけてはホイトが一段上かもしれない。テンプレとは思いつつ、ダーク・ヒーローと使用人を、途中でダレることなく上手いこと恋に落としてくれたホイトには感謝しておきましょう。(4作目の「愛の吐息は夜風にとけて」と6作目の「女神は木もれ陽の中で」を読み返したくなりました。ちなみに4作目はダーク・ヒーローもの、6作目のヒロインは美人ではない職業女性です)

*1:法律上の婚姻関係がない男女の間に生まれた子どものこと

「誘惑の晩餐」シェリー・トマス

 恋は人の運命を変えることができるのだろうか?なんてことを本気で思うには、少々年を重ねすぎたと言えますが、シェリー・トマスが持つ筆の力に、ふとそんな戯言をつぶやいてしまいました。

この本はシンデレラ・ストーリーと紹介されてはいるものの、主役のシンデレラ・ヴェラントは、いわば大人のシンデレラですね。しかしこの大人という言葉が含む意味合いの複雑さといったら...。彼女の書くロマンスは、甘いだけではありません。「愛を知った侯爵」のヒロイン・ルイーザといい、「待ちわびた愛」のヒロイン・ミリーといい、聡明で自分の欲しいものに対して“策をめぐらす”タイプの腹黒さを持っています。もちろんこの話の中にも“黒いヒロイン”が存在しているのですが、それがなんとメインではなくサブストーリーに出てくる女性なのです。これは非常に新鮮!

しかも私のハーレクイン歴において、メインカップル及びサブカップルに、処女も童貞も一人もいない、その上それが障害にすらならないという話を初めて読んだかもしれない。こうした設定を受け入れられないロマンス小説愛好家も、当然いるでしょうね。

誘惑の晩餐 (ソフトバンク文庫NV)

誘惑の晩餐 (ソフトバンク文庫NV)

 

 あらすじ

夢のような料理を生みだし、誰をも魅了する女性料理人のヴェラント。才能とともに、彼女は数々のスキャンダルも身にまとっていた。長年の愛人関係を噂される雇い主が急死し、彼女はその弟で辣腕政治家のスチュワートのもとで働くことになった。だが彼は、かつてヴェラントが愛し、出世の妨げになるからと身をひいた男性だった。運命の再会に、ヴェラントは心を激しく揺さぶられるが……話題の作家が贈る、謎と官能に彩られたシンデレラ・ストーリー。

 

シェリー・トマスが好む、過去と現在を言ったり来たりする話の構成が良くできているのかいないのか?実のところ私には上手く判断がついていません。でも彼女が書く生身の人間が持っている欲望、それを意志の力で抑制しようとする時に理性が立てるキリキリという音が聞こえてくるような描写がたまらないと感じます。特にヒロイン側が自分の肉体的な欲望をあらわにする場面の切迫感は、私を惹きつけてやみません。

つい2日前にバレンタインデイが終わったばかりですが、彼女の紡ぐ物語はもう若くない大人が大本命に送る、高級チョコのような味わいを秘めているようだと感じました。

サブストーリーのヒロイン・リジーは、訳者によるあとがきで外見を「フランス人形のような」とほめられていますが、性格に関しては「計算高い」「ちゃっかりした」などと解説されています(訳者はリジーが嫌い?)。しかし私としては、すぐ男性と寝てしまってはトラブルになるメインヒロイン・ヴェラントよりも、したたかな賢さとほとばしる情熱を併せ持つリジーの方が好きかもしれないと思いましたね。

シェリー・トマスは、ロマンチックのその先を書くことができる作家なのかもしれません。

「満月の夜に」クレスリー・コール

 クレスリー・コールのローア・シリーズ、第1巻ですね。シリーズの始まりにふさわしく、ライキー(人狼)の王ラクレイン(美形)が派手に登場、存分に活躍しています。お相手のヒロイン・エマは、妖精のような姿をしているヴァルキリー(戦乙女)ですが、ラクレインの持つ激情に付き合わされてお気の毒としか言いようがありませんでした。

シリーズを通じてカップルを繋いでいる運命の伴侶という設定があるのですが、言葉の響きはロマンチックなのに、実際は伴侶を追い求めるラクレインにがっつり付きまとわれているエマの災難といったら...。いやー、全てを運命の伴侶だからで押し切られたらやってられへんわーと、ロマンチックにひたるどころか関西弁(私は愛知県出身)でガンガン抗議したくなるような迷惑っぷりでしたねー。ローア・シリーズ限定で、ロマンチックは(文字通り)命がけということわざを進呈したくなりました。

満月の夜に (ソフトバンク文庫NV)

満月の夜に (ソフトバンク文庫NV)

 

 あらすじ

ときは現代。不死の者たちは人知れず実在していて、“ローア”という社会を作り、人間たちにまぎれて暮らしていた。ヴァンパイア(吸血鬼)の父とヴァルキリー(戦乙女)の母を持つエマは、自らの出生の秘密を探るためひとりパリへ向かう。生まれて初めての土地で“ローア”を見つけられずに衰弱していくエマ。そんな彼女を何者かが襲う。それは、彼女を運命の“伴侶”と悟ったライキー(人狼)の王ラクレインだった…2007年度RITA賞受賞作。

 

前半は「ラクレイン、ちょっと落ち着こうね」といいたくなるストーカーのごとき振る舞いでしたが、(もしくはストーカーというよりただの犯罪者か?)後半は2人ともお互いがお互いに慣れて(エマ、それでいいの?と割と納得がいってない私)心を通じ合わせています。その後花嫁として覚醒したエマがパワーアップ!、最後にばっちり決めて、綺麗に終わりましたね。

主人公のカップルだけではなく他の脇役も魅力的です。例えば皆を混乱させる預言者のヴァルキリー・ニクスが出てくるシーンは、物語の良いアクセントになっていると思いますね。ニクスは第5作目の「菫色の空へ」でもかなり活躍しています。(ニクスは嘘と予言を程よく混ぜたことしか言いいませんが)

それから「時の扉を開いてハンサムで礼儀正しいストーカー兼下僕であるセバスチャンと恋に落ちる予定のケイドリンも登場しています。

忘れてはいけないのがエロティック・シーン!ラクレインはライキー(人狼)なので、変身は必須!ケモノですよ、ケ・モ・ノ!でもエマも負けてはいません(って格闘技かよ!)。激しいことこの上ない初合体は、ロマンチックなんぞどこかに吹き飛ぶとしか言いようがなかったです(体力って大事なんだなとしみじみ)。トータルとしてシリーズ1作目にふさわしい、麗しのカップルだと思いました。

「マシューズ家の毒」ジョージェット・ヘイヤー

 「紳士と月夜の晒し台」に続くジョージェット・ヘイヤーのコージー・ミステリ*1、シリーズ第2弾です。個人的には前作よりも、こちらの方が好みかな。現代のミステリだとインパクト重視が多いので、サイコパスが出て来たりおどろおどろしい動機が隠されていたりしますよね。しかしそういったことがないのが、(舞台は1930年代)私にとってはかえって良かったような気がしました。

マシューズ家の毒 (創元推理文庫)

マシューズ家の毒 (創元推理文庫)

 

 あらすじ

嫌われ者のグレゴリー・マシューズが突然死を遂げた。すったもんだの末に検死を実施したところ、死因はニコチン中毒で、他殺だったことが判明。だが故人の部屋はすでに掃除されており、ろくに証拠は残っていなかった。おかげでハナサイド警視は、動機は山ほどあるのに、決め手がまったくない事件に挑むはめに…。

 

舞台となるマシューズ家に関連する人々全員の感じが悪いというか全員が怪しいまま、しかしどこか淡々と犯人捜しが進んでいきます。少々唐突にカップルが成立してしまう場面があり、「あれ?」と思ってついついページを戻って恋愛フラグがあったかどうかを確認してしまいました。まぁ「匂わせ」と言えなくもない行動が示されていましたが、そういったさりげなさも含めて全てがジョージェット・ヘイヤーらしいということに、面白味を感じましたね。

ミステリのトリックはいささか平凡ですが、何というか本全体によく統制のとれた弦楽4重奏でも聴いているようなムードを感じるのですよ。ホールで大勢が演奏するオーケストラではなく、どこかお洒落な家の一室で適度にリラックスしながら室内楽を聴いている気分とでも言えばいいのでしょうか。欲を言えば、もう少しロマンス要素を強めにして欲しかったかな。

 

*1:イギリスで第二次世界大戦時に発祥した小説形式で、当時アメリカで流行していたハードボイルド形式の小説の反義語として用いられた。 ハードボイルドのニヒルでクールなイメージに対し、「地域社会が親密である」「居心地が良い」といった意味を持つ「コージー(cozy)」を使用し、日常的な場面でのミステリーであることを示す。ウキペディアより